精神科は楽?

医者の世界はピンキリで、バイト生活で週末だけ勤務して月収100万円!なんて過ごし方も出来なくはない。

ただ、王道としてはやはり普通に勤務をする事だろう。医者になるような人たちはレールから外れるのが苦手なのだ。勉強して、お受験して、また勉強して。レールの上を走り続けたからこそ、医者になれたともいえる。

だからほとんどの人は勤務医になっていくわけだけど、その中でもまたピンキリだ。9時5時で過ごす人もいれば、週に1回家に帰れたら良いほうです、なんて社畜までいたりする。そのピンキリを決めるのは、「病院」もさることながら「科」の影響が大きい。

 

産婦人科や小児科が激務である、という話を聞いたことがある人も多いのではないだろうか。ほかにも「心臓血管外科」「脳外科」なんて聞くと、忙しそうなイメージが湧いてくることだろう。いわゆる急患が存在する科は、往々にして激務になりやすい。「ちょっと待って」なんて言ってる間に人が一人、産婦人科では下手したら二人、死んでしまうかもしれない。そう思ったら、疲れてても眠たくても、働いてしまうのが人というものだ。

 

そんな中で、一際楽そうな科がある。精神科だ。精神科はとても人気で、前線で戦う事に疲れた中高年ドクター達が、隠居がてら「転科」してきたりする。

なにしろ精神科は自殺以外ではほとんど死なないので、ちょっと待ってが通じる数少ない科なのだ。最悪でも隔離室に入れたり、拘束したりしてしまえば、滅多なことは起こらない。こういった事情から、ゆるーい科として人気な精神科だが、真面目にやろうとすると実は楽ではない。昔指導医にこう教えられた。

「精神科はとてもストレスが溜まるから、休むのも仕事の内だ」と。

今にして思えばいいことを言っている。

 

精神科という仕事は、例えるなら朝から晩までクレーマーの相手をしているようなものなのだ。もしくは、朝から晩まで愚痴を延々聞くようなものとも言える。それらは適当に聞くわけにはいかない。短い外来時間、僅か5分で悩みを聞き、道筋をつけていかなくてはならない。クレームや愚痴に、全力で当たり続ける科なのだ。

想像してほしい、会社で一番面倒な顧客を。その顧客と会う約束があるだけで、一日ブルーになる事だろう。精神科では、そのレベルの顧客があふれかえっている。というより、そのレベルの人は社会で生活できているので、まだマシな方だったりする。

 

もちろん断ったり、ぞんざいに扱って来なくするという最終手段はあるものの、それは治療ではないワケで。楽してる精神科医は、そうやってクレーマーを遠ざけているのだろうけれど。本当に治療しようと思うと、それはとても心の力を使う。

 

私からすると、精神科は結構大変だと思う。

「泥棒」に関する話

10年前、祖母が失踪した。正確に言えば、伯父とともに家出をした。

理由は「お金を盗まれるから」だった。私の母親、祖母からみれば実の娘にだ。

 

当時は祖母、両親、私の5人で暮らしていたのだが、ある時から祖母と母が頻回に喧嘩するようになった。理由は「母がお金お金うるさいから」だった。

たしかに私の実家は裕福とは言えず、マイホームを建てる資金も祖母に一部出資してもらっていたようだし、実際は母お金にうるさい人だったのであり得る話だった。ところが祖母の訴えは次第にエスカレートしていき、「お金を催促される」から「お金を盗られる」へと変化していった。

いつしか母は泥棒呼ばわりされ、私もその手先として扱われるようになった。時々お昼ご飯代に500円を祖母から貰っていたのだが、それも祖母は「盗まれる」と陰で表現するようになった。

 

何の知識もなかった私たち家族は、必死に祖母を説得し、説得は失敗に終わった。話を信じた伯父とともに、祖母は家を出て行ってしまった。

 

 

今振り返れば何の事はない。あの時祖母は「妄想性障害」だったのだ。

ありもしない事をさも当然のように話し出す。それは「お金や下着を泥棒される」だったり、「隣の家から毒ガスを撒かれる」だったり、「お店の監視カメラで見張られている」だったりする。内容は「泥棒」のように一見了解可能なものから、「電磁波で攻撃される」というすぐにオカシイと感じる話まで様々だ。周囲からすれば異常に思えて、「勘違いだ」「間違っている」と説得したくなるし、実際説得する。しかしどんなに丁寧に説明しても全く理解してくれず、むしろ説得する側の頭がおかしいと罵倒されてしまう。たとえば防犯カメラを設置して泥棒がいない証拠を見せようが、預金通帳を見せてお金がとられていない証明をしようが、説得できない。医学的に「妄想」とは、修正できない誤った確信のことを言う。

 

「電波」や「毒ガス」なんてお花畑の内容は、元々頭のおかしいいわゆる「キチガイ」の話だと思いがちだが、全くもってそうではない。これはごく一般の、何の異常もなく過ごしてきた普通の人にも、ある日突然起こり得る。

 

これが10代~40代の話で「幻聴」を伴ってくると、診断名は統合失調症へ変わって別の話になってくる。

ただ、私の祖母のように40代以降で妄想だけを主体とした症状であれば、妄想性障害の可能性が高い。そして妄想性障害であれば薬物療法で改善が期待できるのだ。

 

当時、私に知識があって、精神科受診を勧めていれば、今頃実家では祖母が楽しく過ごせていたかもしれない。無知は罪なりとはよく言ったものだ。

 

「泥棒」「ストーカー」「毒ガス」「監視カメラ」「電磁波」「盗聴器」「毒が盛られる」なんて話をしている人が身近にいたら、どうか精神科へ。説得は失敗に終わり、離縁につながってしまうから、その前にどうか精神科へ。

 

 

 

眠れない患者

よく外来をしていると、眠れない患者に遭遇する。俗に言う不眠症である。

眠れない原因は様々だけれども、多くの場合は睡眠薬を処方することになる。その時の私の頭の中を書いておく。

 

まず、真っ新な不眠症患者が来た場合、ベンゾジアゼピン系を出すことになる。ベンゾジアゼピン系とは、催眠・抗不安・筋弛緩・抗痙攣の4つの作用を持つ薬物で、その中でも催眠作用の強いものが一般的な睡眠薬と呼ばれている。ちなみに抗不安作用が強いベンゾジアゼピン系が抗不安薬だ。筋弛緩・抗痙攣は精神科外来ではまず使わない。

睡眠薬の種類は山ほどあるけれど、私が気にするのは作用時間。基本的に作用時間は短いものを処方する。中には「30時間効きます」とかいう長時間型の睡眠薬もあるが、そんなに寝てどうするのだと私は思う。

マイスリーだったりルネスタだったりレンドルミンだったり、正直どれでもいい。出すほうからすると同じようなものだ。ただしハルシオンデパスは絶対に出さない。依存と悪用が電灯となって、後述する「偽の不眠症患者」がハエの如く集ってくるからだ。一度出したら最後、増やしてほしい患者が群がってくる。「薬増やして」「ダメです」論争は外来の3大無駄な時間の一つだと私は思っている。

睡眠薬は大抵、一種類出せば効きましたという人が多い。軽い不眠症はどれでも効くのだ。一方、効かなかった人に対しては、もう一種類別の薬に変えてみる。これまたどれでもいい。どうせ効果はほとんど同じなのだから。そして2種類試した後、どっちが良かった?と聞いてみる。どちらかを選ぶようならば、良かったほうだけにして、量を増やしてみたり、頓服にしてみたり、誤魔化しながら過ごしていくことになる。それでも納得がいかないときは、2種類までは併用する。3種類併用する医者はヤブ医者だ(3種類出すと保険点数がひかれるようになったので、ヤブ医者すら3種類は出さなくなって来た)

 

偽の不眠症患者:睡眠薬は依存性があり、悪事に使用したりもできるためそこそこニーズがあるらしい。嘘をついてもらいに来る人が時々いる。私たち精神科医は眠れない人を山ほど見ているので、なんとなく嘘をついている人は分かることが多い。紹介状もないのに薬の種類を指定してくる人なんて一発で要注意人物に入る。一睡も出来ないと言う割には元気な人も怪しい。逆にビックリするぐらい辛そうにしてるのに睡眠薬の話ばかりでバレバレな人もいる。偽の不眠症患者は大体数回で来なくなる。ほかにもっと出してくれる医者が見つかったのかな?

 

さて、一般的な睡眠薬で眠れないときにどうするか。ベンゾジアゼピン以外を試すことになる。

睡眠薬で言うならばロゼレム、あと最近出たベルソムラ。この二つはベンゾジアゼピン系ではない睡眠薬であるため試す価値あり。ただしロゼレムはあまり効かない。

それでもダメなら、次は抗うつ薬を使うことになる。正確には抗うつ薬の中で眠気が強いものだ。レスリンテトラミドリフレックスなどがそれにあたる。特にレスリンは低用量では抗うつ作用がないので使いやすい。不必要な抗うつ作用は出したくないので、テトラミドリフレックスを使うのは苦肉の策だ。でもどうしても眠れないなら使うことがある。

 

それでもダメなときは、精神科医最後の砦、抗精神病薬。この中でも眠気が強いものを使うことになる。私がよく使うのはコントミンセロクエルの2つ。ただし、抗精神病作用ではなくただの催眠のために使うので、大量には使えない。適当に副作用が出る前の量で踏みとどまる。

 

それでも眠れない人がいる。本当に眠れないの?嘘でしょ?と思うが、嘘つくなと言うわけにもいかないので、そういう人は眠るのを諦めてもらう。

眠らなくても、楽しく過ごす。これを目指し始めると表情が明るくなる人がいる。この切り替えが出来る人たちは、とても賢い人たちだと私は思う。

困るのは、眠ることを諦めきれない人。効きもしない薬の調整を続けて、副作用に苦しむ事になる。数は少ないが、こういう患者が来る日は少し気分が重かったりする。

始めました

とある病院で精神科医師として勤務しています。

これから思うことを書いていこうと思います。