「泥棒」に関する話

10年前、祖母が失踪した。正確に言えば、伯父とともに家出をした。

理由は「お金を盗まれるから」だった。私の母親、祖母からみれば実の娘にだ。

 

当時は祖母、両親、私の5人で暮らしていたのだが、ある時から祖母と母が頻回に喧嘩するようになった。理由は「母がお金お金うるさいから」だった。

たしかに私の実家は裕福とは言えず、マイホームを建てる資金も祖母に一部出資してもらっていたようだし、実際は母お金にうるさい人だったのであり得る話だった。ところが祖母の訴えは次第にエスカレートしていき、「お金を催促される」から「お金を盗られる」へと変化していった。

いつしか母は泥棒呼ばわりされ、私もその手先として扱われるようになった。時々お昼ご飯代に500円を祖母から貰っていたのだが、それも祖母は「盗まれる」と陰で表現するようになった。

 

何の知識もなかった私たち家族は、必死に祖母を説得し、説得は失敗に終わった。話を信じた伯父とともに、祖母は家を出て行ってしまった。

 

 

今振り返れば何の事はない。あの時祖母は「妄想性障害」だったのだ。

ありもしない事をさも当然のように話し出す。それは「お金や下着を泥棒される」だったり、「隣の家から毒ガスを撒かれる」だったり、「お店の監視カメラで見張られている」だったりする。内容は「泥棒」のように一見了解可能なものから、「電磁波で攻撃される」というすぐにオカシイと感じる話まで様々だ。周囲からすれば異常に思えて、「勘違いだ」「間違っている」と説得したくなるし、実際説得する。しかしどんなに丁寧に説明しても全く理解してくれず、むしろ説得する側の頭がおかしいと罵倒されてしまう。たとえば防犯カメラを設置して泥棒がいない証拠を見せようが、預金通帳を見せてお金がとられていない証明をしようが、説得できない。医学的に「妄想」とは、修正できない誤った確信のことを言う。

 

「電波」や「毒ガス」なんてお花畑の内容は、元々頭のおかしいいわゆる「キチガイ」の話だと思いがちだが、全くもってそうではない。これはごく一般の、何の異常もなく過ごしてきた普通の人にも、ある日突然起こり得る。

 

これが10代~40代の話で「幻聴」を伴ってくると、診断名は統合失調症へ変わって別の話になってくる。

ただ、私の祖母のように40代以降で妄想だけを主体とした症状であれば、妄想性障害の可能性が高い。そして妄想性障害であれば薬物療法で改善が期待できるのだ。

 

当時、私に知識があって、精神科受診を勧めていれば、今頃実家では祖母が楽しく過ごせていたかもしれない。無知は罪なりとはよく言ったものだ。

 

「泥棒」「ストーカー」「毒ガス」「監視カメラ」「電磁波」「盗聴器」「毒が盛られる」なんて話をしている人が身近にいたら、どうか精神科へ。説得は失敗に終わり、離縁につながってしまうから、その前にどうか精神科へ。